Kanonと馬
Kanonと馬

「Kanon」が競馬界にもたらした一大センセーションとして、「まじかる☆さゆりん杯」の名を挙げない者はモグリである(何の?)。
「まじかる☆さゆりん杯」とは、本作の登場人物の一人である倉田佐祐理さんのファンクラブ「倉田佐祐理FC まじかる☆さゆりん」
による協賛で実施された、今はなき高崎競馬場の冠レースである。

高崎競馬場では集客力アップのテコ入れとして、一般人も参加できる協賛レースを開催してた。
その協賛レースは、優勝馬関係者への副賞としての代金約3万円を払えばレース名に好きな名前がつけられる特典があった。

地方競馬ではとても由緒ある冠協賛レースであり、2000年から2004年にかけて通算6回施行された。
2004年12月31日限りで公営高崎競馬が廃止されたこともあってか、7回目の開催見通しが立っていないことが今なお惜しまれている。

レース名の由来は「魔法少女まじかる☆さゆりん」から。ちなみに、「さゆりん」は佐祐理さんの愛称。
「Kanon公式原画・設定資料集」(エンターブレイン,2000年)に収録されていた佐祐理さんの設定原画の中に1枚だけステッキを持ったスケッチが含まれていたことから
こんなに話が膨らんでしまったらしい。
何でも、ステッキを持っているから、魔法少女だということである。

「まじかる☆さゆりん杯」は、事情を知らない一般の競馬ファンにとっても、記憶に残る衝撃的なレース名だった。
何といっても、レース名に「☆」が入っているのは前衛的に過ぎるし、全文字がひらがなで、しかも"まじかる"という辺りもポイントが大きい。
多分、「Kanon」を知っていても、よほどコアな原作ファンでもない限り、レース名だけでは何のことか分からなかったのではないか。

レース名開催日優勝馬
まじかる☆さゆりん杯 鳥居峠特別2000年01月09日ハギノオープン
まじかる☆さゆりん杯 からまつ特別2000年11月09日リョウマ
第3回まじかる☆さゆりん杯 コスモス特別2001年09月23日テツマダイオー
第4回まじかる☆さゆりん杯 ききょう特別2002年10月13日ヤマテツライデン
第5回まじかる☆さゆりん杯 トパーズ特別2003年11月02日パズルプレゼント
第6回まじかる☆さゆりん杯 やまゆり特別2004年10月24日サクラエスポワール
ちなみに第6回大会で勝った「サクラエスポワール」は「倉田 佐祐理」と同じ5月5日生まれ。

競馬新聞に「まじかる☆さゆりん杯」の文字が躍り、実況放送でも「まじかる☆さゆりん杯」が連呼され
競馬場のお客さんたちは「次のまじかる☆さゆりん杯は、何を買うか」と頭を悩ませたわけである。

☆資料写真


☆そして馬絡みにもう一つ面白い文献があったので載せます。

「どうしようもなく馬鹿な男が、約束をすっぽかした」ことを7年越しに謝る祐一に対して
自分の本当の気持ちと7年ぶりに向き合った名雪は次のように答える。
 
月の夜空を仰ぐように、名雪が背中を向ける。

【名雪】「わたし…あれから考えたんだ…」

 小さな声で、名雪が言葉を紡ぐ。

【名雪】「ずっと、考えたんだよ…」

【名雪】「わたし、あまり頭は良くないけど、でも、一生懸命考えたよ…」

【祐一】「……」

【名雪】「そして、出た答え…」

【名雪】「何度考えても、ずっとこの答えだった…」

【名雪】「わたしの答えは…」

 後ろを向いたまま、名雪が言葉を続ける。

【名雪】「イチゴサンデー、7つ」

【名雪】「それで、許してあげるよ」

 名雪の髪が、風にさらされて揺れていた。

 風に運ばれた髪が、月明かりに透けて見えた。

【名雪】「祐一だけ、特別サービスだよ」

【名雪】「だって…」

【名雪】「わたしも、まだ…」

【名雪】「祐一のこと、好きみたいだから…」

(「Kanon」水瀬名雪シナリオ より)

イチゴサンデーといえば、「880円(税別)で幸せになれるんだから、安い物だと思う」
と祐一が述懐していた例のアレである。それが7杯ということは、880×7=6160円(税別)
ということになる。10歳の子供がした仕打ちだったとはいえ、その後、7年もの間
心のどこかに引っかかっていた名雪の傷心を慰謝するにしては、随分と安上がりなことである。

そこから我々プレイヤーは、名雪の祐一に対する思いやりの深さを想起し、しばしの感慨に耽ることになる。
愛や思いやりの深さはお金に換算できるものではないな、と。
コレを馬に例えるという物で馬にサンデーと名が付くもの…と言うと

サンデーサイレンス

という馬が居たそうだ。

1989年ケンタッキーダービー(米GI)、プリークネスS(米GI)の二冠を達成したほか
その年のBCクラシック(米GI)にも勝っており、米国を代表する馬産家アーサ−・ハンコック三世の最高傑作である。
同馬が米国クラシック三冠、BCクラシックで宿敵イージーゴーアーと繰り広げた死闘は
米国競馬史に残る名勝負に数えられている。宿敵との戦いに3勝1敗と勝ち越した同馬は
1989年エクリプス賞年度代表馬に選出されたにとどまらず、1980年代の米国最強馬という呼び声も高い。

現役引退後は、「生産者は予言者でなければならない」という名言を残した「大社台」こと吉田善哉・社台ファーム代表が
総額24億9000万円のシンジケートを組んで日本に輸入し、1991年から安平町・社台スタリオンステーションにて供用された。
「運命に噛みついた馬」と称えられることもあった、その驚異的なまでの勝負根性とスピード、瞬発力はいかんなく産駒へ引き継がれ
1995年にはわずか2世代の産駒でJRAリーディングサイヤーを獲得するという史上初の快挙を達成すると
それ以降11年連続でJRAリーディングサイヤーに輝いている。

主な産駒はディープインパクト、ゼンノロブロイ、ネオユニヴァース、デュランダル、ゴールドアリュール、マンハッタンカフェ、アグネスタキオン、
アグネスフライト、エアシャカール、アドマイヤベガ、スペシャルウィーク、ステイゴールド、サイレンススズカ、
ダンスインザダーク、バブルガムフェロー、マーベラスサンデー、タヤスツヨシ、イシノサンデー、フジキセキ、ダンスインザムード、
ヘヴンリーロマンス、アドマイヤグルーヴ、スティルインラブ、ビリーヴ、トゥザヴィクトリー、スティンガー、ダンスパートナーほか、枚挙に暇がない。

こうした豪華な代表産駒の顔ぶれからも明らかな通り、同馬は、日本競馬史上空前絶後といっても過言ではない歴史的大種牡馬である。

残念ながら管理人は馬に詳しくは無いのでディープインパクトくらいしか分からないんですが(汗)

こう考えるとつまり、名雪が祐一を許してあげる条件は

サンデーサイレンス7頭分

だったというのである!

それにしても、サンデーサイレンス7頭分とは…。これはもはや、庶民には到底及ぶところのない天文学的数字である。
少なく見積もっても数百億円。いや、下手をすると四桁の大台に乗ってしまうだろう。名雪の七年分の傷心を慰謝するためには、かくも大金を積むしかないというのか。

もちろん、本作がここで伝えようとしているのは、そんなことではない。愛や思いやりを金銭に換算しようとすることは、無粋極まりないのだが
それをあえて他の価値に置き換えようとするならば、それはサンデーサイレンス7頭分にも匹敵するということである。


こんな風にKanonと馬という物は密接な関係があったとか。
実際どうなのかは一般人では分からないけど、こういう考えもあると思うと面白いですよね。

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